「MOUNTAIN EQUIPMENT(ME)」は1961年に、グロソップ(Glossop)というマンチェスター郊外の町の、農場近くの小屋で始まりました。
当時自身もクライマーであったピーター・ハッチンソンとピート・クルーはそこで「The Mountaineer」というクライミングショップを営む傍ら、店の奥の部屋でシュラフとダウンスーツを作り始めました。ピーターもピートもとても丁寧で繊細なタイプで、ボックスウォール構造をはじめとするバッフルの工夫や、ダウンのロフトを最大限に引き出すアイディアを豊富に持っており、出来上がった製品はとても評判がよく、いつしか彼らの製品は「MOUNTAIN EQUIPMENT(山道具)」と呼ばれる様になって行きました。
やがて彼らは店をたたみ、マンチェスターハイドの近くの農場の小屋へ引越しをして、製品の製造のみに集中する事にしました。彼らの製品の評判は次第に英国内でも高まり、1970年のアンナプルナを筆頭に、ヒマラヤ遠征隊への供給も行うようになりました。MEのダウン製品の完成度は、世界に14座ある8000m峰の8座の初登頂(未登峰ルートを含む)に同社のダウン製品が採用されていたことでも知ることができます。特に印象深いのは、1975年のエベレスト南西壁初登頂後、ダグ・スコット、ドゥーガル・ハストンのふたりが、8763m地点という過酷な状況でのビバークから無事に生還した事です。
MEは常に極限に挑戦し続ける探検家や登山家と共に進歩し、ダウン製品はもとより現在ではハードシェルからグローブ、ゲイターにいたるまで、質実剛健な「山道具」を提供し続けています。

高橋 和弘
Kazuhiro Takahashi
明治大学山岳部炉辺会。K2峰の最年少登頂の記録(96年当時)を始め、アンナプルナ1峰やローツェ、ガッシャーブルム2峰・1峰連続登頂等、数々のヒマラヤ8000m峰を登頂している。2008年 冬期白萩尾根(初登攀)も含め、国内でも困難なバリエーションルート、前人未踏のルートからの登攀や、新しい登山スタイルの模索等、常に次の高みを目指して挑戦し、切磋琢磨を続けている。
blog(クライムオン) http://aqblog.blog.ocn.ne.jp/climbon/

伊東 秀和
Hidekazu Ito
プロクライマー。2002年、2003年と2年連続でJFAジャパンツアーのチャンピオンに輝く。2005年ワールドカップチューリッヒ大会12位。同年アジア選手権3位。この頃、同時にクライミングスクールを開校。以降、国内外の選手権大会で、優勝を含め幾多の輝かしい功績を残し続けると共に、指導者としても活躍。自身のワールドカップ参戦等で得た豊富な経験を生かし、より多くの若手クライマーの育成に尽力している。
伊藤秀和スクールの情報はこちら http://www.itohide.com/
blog(フリークライーマー 伊藤秀和 スポーツナビ+) http://www.plus-blog.sportsnavi.com/bt_hidekazu/
仙石 淳
Jun Sengoku
2004年の渡仏以降、日本とシャモニを往復しながら、アルパインルートの単独登攀・登頂をメインに、精力的に活動する。
主な登攀歴は、エギュイ・デュ・ミディ北壁 フレンド稜(単独)、モンブラン・デュ・タキュール コンタミン マゾー(単独)、グランキャプサン スイスルート(2人)、レ・クルト北壁 セントラルピラー(単独)、等。その他多くのヨーロッパアルプスの山々を単独で登頂している。blog(シャモニーから世界の山々へ) http://blog.goo.ne.jp/corgi_kimi/
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